誰かに恋をするために、生まれてきたんだ。

episode:3 赤い薔薇

「おかえりチーダ!!」
お礼を言おうと歩み寄ろうとしたセイを跳ね除けるように、満面の笑みを湛えた少女がチーダに駆け寄った。
「ショウコ」
「今度はどこへ修行の旅へ!?」
 彼女の名前は河堀端ショウコ。細身で色白の体に、薔薇色の頬、唇。大きな茶色の目に、肩ほどに伸びた栗色
 の髪に緩やかなウエーブ。小柄な少女は嬉しそうにチーダへと駆け寄った。ショウコもまたこの街の名家の出身
 で、その財力故に誘拐されかけたことが何度もあり、チーダに助けられたことが何度もあった。

 すらりと伸びた背、一つに束ねられた長めの髪、そして青い瞳。チーダはここいら一帯を縄張りとする一匹狼
 として有名だった。ケンカに強く、人望も厚い。彼の父親は世界を巡る船乗りで大型客船を操っている。その影
 響かどうかは定かではないが、彼はときおりフラッと修行の旅と称しどこかへ消えてしまう。今回は二ヶ月近く
 姿を消していたが、その彼が突然帰ってきたのだった。

「突然帰ってくるんですもの、びっくりしたわ!話を聞きたいわ、あなたの旅の」
いつもより笑顔三割り増しで彼女は笑った。
「ああ、でもすまないなショウコ。後でいいか?」
そういうとチーダはセイの方へと歩み寄った。
「・・・胡蝶蘭 セイ・・・」
ショウコの鋭い視線が二人をじっと見つめていた。

「セイ!!」
チーダはセイの肩を軽く叩いた。
「チーダ・・・おかえり」
セイはほっとしたような笑みを浮かべた。
「あなたが帰ってきてくれてよかった。さっきはコトブキを助けてくれてありがとう」
「同居人、だそうだな」
「ええ・・・でも・・・」
「ロボット、なんだろ?」
「え・・・」
セイはドキッとした。なぜわかったのか、そして知られたくない、と思った自分に。
「わかるさ。わかる奴には、ね・・・」
「・・・」
「で?いじめ?」
「そんなの・・・よくわからないわ・・・」
「セイ・・・」
「どうすればいいかもわからない・・・どうしよう・・・。どうしよう・・・!」
いつも強気のセイが、チーダにだけは彼女の本音をさらした。正直、彼女の本心は不安でいっぱいであった。
「ふっ・・・」
チーダは不意に笑い出した。
「・・・なによ・・・」
「ははっ。悪い悪い。いつも強気なセイが悩みを他人に打ち明けるなんて珍しいと思ってね」
「悪かったわね・・・ひとりで悩むわよ・・・」
「いいよ、一緒に考える」
「・・・」
「おまえひとりじゃどうしようもない問題ではあるしな」
「・・・ありがとう」
「いいや?」
チーダが楽しそうに笑う隣で、セイはなんとなく気恥ずかしくなって頬を赤らめた。

 少しずつ、何かが変わり始める。少しずつ、動き始める。ゆっくりと。


「胡蝶蘭・・・このままにはしないから!」
赤い薔薇のような、熱情を湛えたショウコの瞳も、静かに燃え始めていた。



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