心の中に、浮かぶこの想いを。

episode:7 約束は忘れないで。

「アキ!!おい、アキ!シカトすんなや!!」
威勢のいい関西弁が、放課後の校舎に響いた。
「・・・なんだよ、バカヒコ」
「バカヒコちゃう!」
ヤスヒコはアキに追いつきその肩を掴んだ。
「今朝のあれはなんやねん!」
「・・・別に」
「別にやないやん!お前がアクィナ先生に捕まらんかったから、代わりに俺怒られてんで!?アキにようい
うとけって!」
「ごくろーさん」
アキは反省した様子も無く、帰ろうとまた歩き出した。
「とにかく!悪さするんやったら自分で怒られてくれ!」
「はいはい。俺は弱い奴も、虚勢はってる奴も嫌いなんだよ」
「わかったわかった。全く。しかし俺の彼女まで巻き込まれるとこやったんやからな」
「ああ。あの女か。なかなかだな」
「やろ〜!って違う・・・。お前、サチに感謝せえよ。アレ以上派手にやらかしとったら指導室いきや!」

「サチ・・・?」
不意にアキの目がヤスヒコを見た。
「お前を止めた子!俺の彼女、ユキの双子の妹や。俺の幼馴染」
アキは今朝、自分の前に飛び出してきたサチの姿を思い出した。
「あんなん、サチの前でやるのやめてくれ。アイツ、ああいうの許せへんのや。別にな、守るために殴るの
がいかんとか言わんけど、アイツは敏感なんや・・・ああいうのに」
複雑な思いがアキの胸を駆け巡った。
「しかもサチが出て行きよると、おまけにユキがサチ守ろうと飛び出していくし・・・あいつらワンセット
なんや」
「・・・へえ」
「とにかく!サチのこと怪我さしたら、泣くんはユキなんや!ユキ泣かすなんてごめんやからな!」
ヤスヒコはアキの肩をぽんと叩いた。

「アレ・・・」
アキは窓側にずらした視線に見覚えのある少女を見つけた。
「あれ、お前の彼女じゃん?」
窓の外では、ユキとサチが並んで校門に続く道を歩いていた。ユキはぱっと振り向いて窓を見上げた。
「ヤスヒコ!」
ユキは視線に気付いたらしく、ヤスヒコの姿を見止めると大きな声で彼の名前を呼んだ。サチも振り返り、
何の反応もなく窓を見上げていた。
「ユキ!」
ヤスヒコも大きく彼女に手を振った。

「アキ、おまえも一緒に帰るか?」
ヤスヒコがアキのほうを振り返り言った。
「え・・・いや・・・」
「ええやん。ついでにサチに礼でもいうとき!ユキ〜今そっち行くから!」
「は〜い」
一瞬、アキはサチと目が合ったが、サチはすぐにその視線をそらした。そっぽを向いたその頬が、なんだか
赤かったような気がした。

「お待たせ、ユキ、サチ」
「は〜、なんであたしがヤスヒコとユキのらぶらぶな帰り道に付き合わなきゃいけないのかしら?」
サチは降りてきたヤスヒコを見て大げさに肩をあげた。
「あれ!ヤスヒコ・・・その人・・・」
ヤスヒコの後ろからひょっこり現れたアキの姿を見て、ユキが声をあげた。
「ああ、今朝みたやろ?あの時いうの忘れたんやけど、こいつ佐々部 アキ。俺のマブダチや!根はええや
つなんやけど、ちょーっと手がはやいねん。よろしくしたって」
「・・・・どーも」
そっけなくアキが挨拶をする。
「へー!よろしく。あたしがユキで、こっちがサチね!似てるけど、まあわかるっしょ!」
あっけらかんとユキが笑う。その横でサチがおずおずとしている。

「アキ・・・!」
ヤスヒコが隣でアキのわき腹をつつく。
「え・・・」
「礼いうとけ!」
ヤスヒコに言われアキはサチを見下ろした。サチはびくっと顔を上げた。
「えー・・・と。今朝は、その・・・どーも」
「いえ・・・」
「あと、なんか、ごめん・・・な」
アキはなんだかわからないが、脅えるようなサチの姿を見て謝った。
「・・・・」
ユキは心配そうにサチの姿を見た。
「・・・約束・・・」
「え?」
「約束してください。今朝のことは、もういいです。だから・・・もう、あんなことしないって」
泣きそうなサチの顔を見てアキは小さくうなずいた。
「ああ・・・」
二人は見つめあったまま暫く静止していた。
「珍しなあ。アキが素直に返事しよる」
ヤスヒコの言葉で沈黙は破られた。二人は我に戻り途端に赤面した。
「ああああああああああたし!お母さんにお使い頼まれてたんだ!えと・・・だから!えーーっと、さよな
ら!」
サチはそれだけ言うと、あっという間に駆け出していった。
「サチったら何言ってんの。お母さんはお父さんとラスベガスに海外出張中よ。なに動揺してんのかしら?
あんなに慌ててるところ初めて見たわよ」
「せやなあ、サチ普段めっちゃ冷静やんなあ。アキもやりよるな」
「はあ。あたしサチに好きな人できたら泣いちゃうかも」
「なんでやねん。このシスコン」
そんなことを言いながら、ふたりは顔を熱くするアキの姿をちらりと見た。アキ自身も、その熱さがいった
いなんなのか、もてあましているようだった。

 二人の小さな約束も、ゆっくり運命のなかに混ざっていく。

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