誰かに出会うために、生まれてきた。 episode:2 青い瞳の男 「コトブキ、私の通学に同行なさい。あなたも学校に行くの」 「学校・・・」 「・・・大丈夫よ。普通のことよ。あなた以外にもロボットは学校に通っているもの。手続きは済ませておいた わ。私のボディガードも兼用だから、同じクラスだから。わかった?」 「はい、ご主人様」 「・・・大丈夫」 セイはもう一度小さく呟いた。 ロボットは家族や兄弟として作られることが多い。人口過多のために少子化制度を取った現代では、人と同じで はあるが違う、ロボットを兄弟としてとることが好まれた。戸籍にも登録されることがあった。 そんなロボットが学校へ通うことはざらにあることだった。実際にセイのクラスにも何人かはいた。 翌朝、セイのクラス2−Cに転校生がやってきた。 「全員席に着け!転校生を紹介する」 担任教師アクイナの声にクラスがにわかに騒ぎたった。 「入れ、コトブキ」 アクイナの声でドアが開き、黒い髪に黒い目の青年が入ってきた。端正な外見に女子が軽く声を上げ、男子は落 胆の色を見せる。多くの視線がコトブキを見定める。セイは何もいわずその光景を見た。 「コトブキは胡蝶蘭と同居しているんだったな。まあ、珍しいことでもないな」 アクイナは二人の説明をざっくりと終わらせ、深くは喋らなかった。 この時代では、貧富の差が激しく、路頭に迷う子供も少なくは無かった。よってロボットを家族の一員とする 以外にも、そんな子供たちをわが子とし育てることも多かった。 コトブキの姿は、みんなとなんの違いもなかった。ただ彼が纏う空気はどこか不思議で、人間の視線におびえ るような彼は何か違和感をもっていた。 「コトブキ、あなたが何をしても構わないけれど、お父様の顔に泥を塗るような行為、私に迷惑をかける行動は 慎みなさい。いいわね・・・」 セイは席に座ったコトブキに近寄り小さな声で囁いた。けれども突き刺すような感情が込められた声だった。 「はい、ご主人様」 「・・・それも変ね。クラスメイトだものね。学校ではセイで結構」 「はい・・・」 セイはそれだけいうとコトブキの傍を離れ自分の席へと落ち着いた。 「すごいな・・・あの“黒猫のおセイ”と同居だってよ」 “黒猫のおセイ”とは彼女の学校でついた肩書きであった。凛とした横顔に、伸びた背筋、漆黒の肩まで伸びた 美しい髪、深く暗い瞳。彼女は男子生徒からの憧れの対象であった。容姿端麗、おまけに頭脳明晰、そして何よ りも彼女の父親の偉大さが、そこいらへんの男を寄せ付けはしなかった。けれども他人には気取らず優しい彼女 は、ひとから好かれる存在であった。けれども必要以上の他人との接触を避ける彼女は“黒猫”と呼ばれるので あった。それは彼女を称えると同時に、皮肉でもあった。 それゆえに、そんな彼女と同居している、ということになっているコトブキは必要以上に注目を集め、そして 反感を買うのだった。 「「セーイ!おっはよ!」」 昼休みになって絶妙のハモリ声がセイのうしろから響いた。 「おはよう、ユキ、サチ」 賑やかな声の主はセイの友人の双子である森薙ユキ・サチであった。双子というだけあって、その姿かたちはそ っくりで、同じ身長にそっくりの顔、長く伸びた色素の薄い髪も同じ長さで揃えられていた。唯一の見分けるポ イントは、サチの前髪は左右に流され、ユキは前髪を目の上で切りそろえていることくらいだった。そして二人 の最大の特徴は揃って右目の下に泣き黒子があることだった。彼女らは少々変わった双子として見られていた。 「セイセイ!コトブキくん紹介してよ!どんな子なの?!」 「紹介して!おもしろい?楽しい?」 早速双子はコトブキに興味を持ったようで、楽しそうに笑いながらセイを尋問し始めた。 「紹介するほどじゃないわ。ただの同居人」 「「ええ〜〜〜」」 セイはふと考え込むとぱっと顔を上げた。 「そうね、二人には行っておこうかな」 「「何なにっ!?」」 「コトブキはロボットなの」 「「へえ〜」」 セイは双子の驚きもしない反応に心なしかほっとした。 「ふうん。でも気をつけてあげたほうがいいと思うよ・・・」 サチが少し悪戯っぽい顔をして笑う。 「・・・なんで?」 ユキとセイが首を傾げる。 「そういうものよ。すぐにわかる」 「なんで・・・」 「ふふっ。コトブキくんも“そう”なのよ」 「変なサチ」 ユキが隣でつまらなそうに言った。けれど不意にぱっと何かを思い出しサチと見合わせ笑った。 「「セイ、大ニュース!あいつが帰ってくるよ!」」 「あいつって・・・まさか・・・」 そのときだった。 ガシャン! 突然の騒音にセイはびくっと肩を震わせた。 「ほおら、ね」 三人の視線の先には数人の男子と、コトブキ。 「おっと、ごめんなコトブキくん」 クスクスと笑う声と、倒れたコトブキの机。周囲の好奇の視線にあざけるような笑い声。 「悪いね。俺脚長くて」 次の瞬間、男の腕がコトブキを床へと叩き付けた。 「身分違いもいいとこなんだよっ!」 コトブキは何もいわず、ただ一点床を見つめるばかりだった。 明らかにわざとなのは目に見えていた。セイは思わず立ち上がり、柄にもなく止めに走ろうとした。 「低レベルだな」 後ろのドアから不意に聞きなれた声がした。 「お前っ・・・!“青い瞳の・・・”」 コトブキを囲む数人の男子たちが顔を引きつらせた。 「やめろよ。お前らの大好きな胡蝶蘭サンが泣き出しそうな顔してるぜ」 「なっ・・・」 「大方、そのコトブキとやらが羨ましかったんだろう。セイと同居できて、なんてな。身分違いはお前らもおん なじなんじゃねえの?」 「ちっ・・・」 男子らはすごすごとその場を退いた。 「チーダ・・・」 セイは男の名を呼んだ。チーダと呼ばれたその男は、セイに少し微笑みかけるとコトブキの机をひょいと元に戻 した。 「お前、やられっぱなしじゃなくて、少しは言い返したらどうだ。そんなんじゃ、やってる方の神経逆なでする だけだ・・・」 チーダはコトブキの腕を引っ張り挙げた。 男の登場にクラスは静まり返り、騒ぎは突然に収まった。 「俺の名前はチーダ・マッカートニー。ここいらじゃちょっと名は知れてるんだ。弱いやつらには“青い瞳のチ ーダ”なんて呼ばれてるが、気に入ってはいないんだ。よろしくな、コトブキクン」 コトブキは顔を上げ、その男が透き通るような青い瞳をしていることに、初めて気がついた。 NEXT |