でもいつも、自分に嘘ばかりついていた。

episode4:放課後センチメンタル

 コトブキの衝撃の転校からしばらく、チーダが帰ってきてことによって教室は秩序を取り戻し、コトブキ
に危害を加える者は現れなかった。しかし彼に対する好奇の視線はやむことはなかった。ロボットには感情
なんてないはずだった。しかしセイにはどうしても、コトブキが脅えているように見えるのだった。

 けれど、震える肩に触れることはなかった。

 セイはその日の全ての授業を終え、下校の準備を始めた。他の生徒たちもサークル活動をしている者たち
以外はわらわらと門へと向かう。同じ制服の同じ集団が、狭い門から吐き出されていく。セイはぼんやりと
その様子を教室の窓から眺めた。すぐに帰路につく気にはなれずに、しばらく頬杖をついて座っていた。頭
の中はコトブキのことでいっぱいだった。

「コトブキを拾ったこと、後悔なんかしてない。けれど・・・私が新しい役目をこの子に与え、命をまた与
えた・・・そのせいで彼はまた傷ついているんじゃないかしら・・・。どうすればいいの・・・でももう戻
れない。私には・・・誰かを救うことなんか・・・」

 心の中でセイは葛藤していた。あの雨の日、彼女はコトブキを見て、自分にも誰かを救えるのでは、救い
たい、人の役に立ちたい・・・そんなことを感じていた。けれども、無力さと偽善を感じるばかりであった
。

 不意に隣でたどたどしい手つきで片づけをしているコトブキが目に付いた。頼りない同級生、に一見見え
るその姿。とても優秀、とは言えないロボット・・・。
「ご主人様」
片づけをやっと終えたコトブキがセイを呼んだ。
「・・・コトブキ。帰路はわかっているはずよ。先に帰って・・・」
「はい、ご主人様」
コトブキはただセイの言葉に従って教室を後にした。

 セイはその背中を見つめ大きくため息を漏らした。
「やっぱり・・・ロボットと人間は共存、対等な関係なんて無理なの・・・?」

 あの子の意思は?

 思考が頭を駆け巡る。まとまらない想いを胸にセイは教室をでた。

 夕日が傾き、セイは背中にオレンジ色の光を浴びながら一人校門へと歩いた。不意にそこに見覚えのある
姿が現れた。
「栄一郎さん・・・」
セイは微笑んだ。
「その名前で俺を呼ぶのは君だけだね」
そういって男は優しく笑った。
「みんなはぺっぺ、なんて呼ぶものね」
セイはふふふと笑って言った。
 セイの隣に立って歩き始めた男の名前は、原田 栄一郎。セイと同じ2−Cのクラスメイトであり、セイ
とは初等部の頃からの付き合いで、幼馴染のようなものだった。クラスのムードメイカー的な存在で、大き
な体に似合わず、誰がつけたのか『ぺっぺ』などというニックネームで親しまれている。初等部の頃からの
呼び名だが、セイだけは『栄一郎さん』と呼ぶのだった。
「どうしたの?あなたサークルの時間じゃない?確か声楽・・・だったわよね」
「ああ。いいんだ、今日は。ちょっと気になることがあってね、途中まで一緒に帰ろう」
「ええ」
二人は肩を並べながら歩き始めた。


「ぺっぺ!また明日な!」
走り去る自転車が彼に声をかける。
「ああ!」
軽く返事を返し、また黙ってセイの隣を歩き続ける。人当たりがよく人望も厚い人柄。セイとは対照的な雰
囲気の男。
「なんだか優越感」
突然ぺっぺが口にした言葉にセイは驚く。
「どうして?」
「『黒猫のおセイ』とふたりっきりで帰ってる。滅多にないことだよ。みんなが羨ましがる。俺、初等部か
ら君の知り合いでよかったなあ」
そんなしみじみという彼の言葉にセイは思わず頬をゆるくした。
「変な栄一郎さん」

 それから先は特に目立ったことは何事も無く、二人はただ並んで帰路を辿った。サークルのことや学校の
ことを話し、あっという間にセイの自宅の付近にたどり着いた。
「送ってくれて有難う。ここで大丈夫」
セイがそう言うと、彼は困った口調で突然切り出した。
「あ・・・あのさ!セイ、君のとこのロボット・・・コトブキのことなんだけどさ・・・」
「コトブキが、なあに?」
セイは小首を傾げた。
「一緒に・・・住んでるってほんと?」
「ええ。だって私がつくったのだし・・・」
「そっ・・・か。そうだよな、うん」
セイは不思議そうな顔をする。
「その・・・ロボットでも男は男だ!一つ屋根の下にいるならさ、気をつけろ・・・よ?その・・・戸締り
とか?」
その言葉にセイは目を大きくした。そして次の瞬間には笑い出した。
「栄一郎さんってすっごく心配性なのね!大丈夫よ、うちはセキュリティもしっかりしてるし、コトブキは
頼りないかもだけど、執事のジュリアンもいるわ!心配しないで!」
「いや・・・ちょっと違う・・・」
「え?本当に優しいんだから。私の心配ばっかりじゃなくて、帰り道気をつけて。もう暗いわ。この辺も最
近じゃ物騒なの。送ってくれて本当に有難う!」
「あ・・・ああ」
セイの笑顔に栄一郎もそれ以上言うのはやめて背を向けた。
「また明日!」
「ええ、さようなら」
セイもくるりと背を向け、家の方へと走っていった。

「・・・相変わらず、鈍いまんまだな、セイは・・・」
栄一郎は頭をかいた。




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