甘く、切ない、心。

episode:9 引き裂かれた約束

 セイの脱走事件の後、セイの様子は更に深刻になっていた。何を言われても空ろな表情で「そう・・・」
と答えるだけで、セイの様子がおかしいのは誰にだって明白であった。
 周囲はそれを心配しつつも、セイに声をかけられないで居た。一番の理解者である双子も、尋常でないセ
イの様子に手を焼いていた。
 そんなある日の休み時間だった。

 バン!

 乱暴に2−Cの後ろの扉が開けられた。その騒音に誰もが振り返った。ドアのところに立つ男に一斉に支
線が浴びせられる。セイもその時ばかりは気付いたようで、ぼんやり視線を向けた。しかしその姿を確認す
るや否や、一気に視界がクリアーになる。
「おい・・・あいつこの間セイさんを連れて行った・・・!」
クラスが騒ぎ立つ。
 そこに立っていたのは間違いなく、シゲであった。
「シゲ・・・」
セイは口の中でその名前を呟いた。
 シゲはクラスの動揺などは気にも留めず、真っ直ぐに教室の一番後ろの席に座った。クラス中は静まり返
り、誰一人として言葉を発することもできずにいた。
「お・・・おい、お前!」
沈黙を破ったのは、クラスの男子グループの一人だった。
「こお、俺の席なんだけどなー?なんでそんな偉そうに座ってるわけ?」
男は机に手をつき、上からシゲを見下ろす。
「この席は空席だろ。お前の席は左から五列目、前から二番目だろう。早く席についたらどうだ」
確かにシゲが座った席は空席であり、男の席もシゲが言った通りだった。男は忌々しげに顔を歪めると、仲
間に目配せをし、座ったままのシゲを取り囲んだ。
「お前、セイさんに何したんだよ。あの日から様子おかしいんだけど。俺らのクラスのリズム壊すの、やめ
てくんない?」
「大体さあ、今更なんのようだよ?ずっと学校来てなかったくせに、偉そうなんだよ!よくそんなデカイ面
して来られたもんだな」
男たちはニヤニヤと罵声を浴びせ続けた。
「俺ら、今更お前のこと仲間だなんて思っちゃいねーから!」
シゲはその言葉を聴き終わると、顔を横に向けて一度「くっ」と声を漏らして笑った。
 その様子に男はかっとなり、机を拳で強く殴った。
「何がおかしい!!!」
「いや・・・仲間ねえ・・・」
今度はシゲがにやりと顔を歪めた。
「やっぱりお前ら、集団でいないと気に入らない奴に釘を刺すようなこともできねえんだな、って。こんな
ふうに数人で取り囲んで、逃がさないようにしてあいつにも同じことしたんだろ?群れることしか脳がねー
んなら、あんたサルと一緒」
「な・・・!」
「無能だ。俺らには、逆立ちしても敵わねえよ」
シゲはちらりと見やった。
「なあ、そうだろ?」
シゲの視線の先にはコトブキがいた。
「・・・え・・?」
突然の指名にコトブキが戸惑う。
「なるほどね」
男は口を開いた。
「お前も、あのポンコツと一緒かよ!気にいらねえと思ったぜ。しかも二人してセイさんにちょっかいだし
やがって。身を弁えないにも程があんだよ!お前ら所詮“人間様の道具”にすぎないんだよ!!」
ハハハと男が勝ち誇ったように笑った瞬間、シゲは立ち上がり男目掛けて拳を振り下ろした。ガツっと鈍い
骨とぶつかる音がし、男は床に叩きつけられた。
「人間様・・・ね。貴様らのどこが俺より優れているって?お前らなんかただの愚図だって、思い知らせて
やるよ・・・来い」
シゲは悠然と身構え手招きをした。男たちの頭に血が上ってゆく。
「やめて!!」
セイは居ても立ってもいられず叫ぶが、空しく響くだけだった。


ガシャーーン!!

 激しくものが割れる音がして、偶然2−Cの前を通りがかったアキは足を止めた。
「なんだ・・・?」
 人だかりを掻き分け中を見ると、辺りには机やら椅子やら散乱し、中央で数人の男子が殴りあいをしてい
た。クラスの者たちは壁際に押しかたまり、その様子を青白い顔で傍観しているだけであった。その一番前
に、見覚えのある黒髪のロボットが座り込んでいる。

「ちょっと!!いい加減にしてよ!!」
聞き覚えのある声が、その場の空気を裂いた。
「あ・・・あいつ・・・」
アキははっとした。
ヤスヒコの・・・彼女・・・・・の妹か?
「ここをどこだと思ってるの!学校よ?闘技場じゃないんだから!ケンカは他所でしな!だいたいねえ、あ
んたたちがそんな事ばっかりするからセイは気に病んでるんだよ!?そのくらい気付きなさいよ!!!」
「サチ・・・!もういいから、ね?」
セイはサチをとめようと、後ろから囁く。
「なんだよ・・・女のくせに。お前、この役立たずのロボットどもの見方かよ?だったら容赦するわけにい
かないんだよなあ〜?間違った常識は正さないと、な。いらねえ機会なんか、捨てればいいんだよ!!」

捨てる

 その言葉にサチは大きく肩をビクつかせ反応した。コトブキも青ざめ床を見つめる。
「なんで・・・なんでそんなことが言えちゃうの?」
サチはバランスを崩し、その場にへたり込んだ。アキは反射的にその場に飛び出そうとした。

 しかし、その行動を脳裏によぎったヤスヒコの言葉が遮った。

『あんなん、サチの前でやるのやめてくれ・・・サチのこと怪我さしたら、泣くんはユキなんや。ユキ泣か
すなんてごめんやからな』

 アキは強く拳を握り締めた。
「んなこと・・・言ってられっかよ・・・!」
アキは自ら進んで、混乱の中へと身を投げ出していった。



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