昨日も、今日も、明日も。 episode:11 罪と罰。 「なんてことしてくれたんやっ!!」 放課後の保健室に、ヤスヒコの怒鳴り声が響く。普段温和なヤスヒコの震える手は、アキの頬を目いっぱい 殴りつけていた。アキの体は薬品棚の方へと倒れこみ、激しい音と共にあたりに薬が散乱する。 「俺言うたよあ!?もうすんなって・・・サチとも約束したんやろっ!?なのに・・・ユキに怪我なんかさ せよって、なんなんやっ!!」 ユキは倒れてからまだ目を覚まさない。サチはユキの傍を離れようとせず、ベッドのユキの手を握り締めて いた。 「・・・」 アキは何も言おうとはしない。 「理由があるなら言うてみいやっ!」 ものすごい剣幕で怒るヤスヒコは、アキの胸倉を掴む。しかしアキは一向に口を開こうとしない。 「・・む・・・」 「っユキ!!」 そのときユキがやっと目を覚ました。 「サチ・・・ヤスヒコ・・・!それにアキくんも・・・」 「ユキ!大丈夫!?痛いとこ無い!?意識は!?」 サチがユキに飛びつく。ヤスヒコの顔にも安堵の表情がよぎる。 「ユキ・・・」 「ちょおっと、よく寝すぎちゃった、かな?大丈夫よ、安心て。アキくんもそんな顔しないで・・・ってし たのはヤスヒコね?」 ユキの多弁ぶりにサチとヤスヒコは胸を撫で下ろす。 「サチは?怪我しなかった?」 「・・・うん。でも、ユキがっ・・・!」 「大丈夫って言ってるでしょ?サチが怪我するの黙って見てらんないよ!」 ユキは優しくサチの頭を撫でる。ヤスヒコは初めてユキが姉らしく見えていたりした。 「だめなの・・・ユキが怪我するのはだめなのよ!あたしはいいの!・・・でもユキは・・・」 「ストーップ。なにがいいもんですか。双子でしょ?どっちも怪我なんかしたらだめなのー!当たり前でし ょ?」 「・・・」 サチは何もいわなかった。ユキは微笑むと、ヤスヒコを見つめた。 「ごめん。心配かけちゃった?」 「アホう。帰るで」 ヤスヒコはむくれた様な顔をして、ユキの鞄を掴み、ユキの腕を引っ張り保健室を後にしようとした。その ままサチから引き離すように。 「あ、ちょっと!」 ユキは後ろのサチを振り返った。 「ユキ、先帰って」 サチはヤスヒコの気持ちを察したのか、遠慮がちに笑い言った。 「うん・・・」 ユキはヤスヒコの背中を見る。怒っているような、安心しているような背中。 「・・・悪い」 ドアの傍に差し掛かると、アキがぽつりと言った。 「許さんからな」 ヤスヒコは振り返らずに、きつい調子で言い残し、二人はそのまま保健室を後にした。 サチとアキの二人だけが保健室に取り残された。生暖かい風が通り過ぎる。暫くの沈黙を破り、サチが口 を開いた。 「痛くない・・・?」 アキの腫れた頬に手を伸ばす。 「・・・痛い」 「そうだろうね」 アキはふっと微笑んだ。 「ヤスヒコに殴られた顔より・・・あいつら殴った右手が痛いよ・・・」 赤くアザのできた右手にアキは視線を落とした。 「ヤスヒコも、今頃きっと痛いよ・・・」 サチはそう言うと、アキの赤くなった頬を力一杯つねった。 「いっって・・・!」 思わずアキが声をあげる。 「だから嫌なのにっ!なんでみんな殴ったりするのよぉっ・・・!」 サチの目からぼとぼとと涙が落ちる。アキの右手にもその涙が降り注ぎ、傷につんと染みた。 「怖かったよぉ、ユキが・・・怪我するし・・・殴るし・・・なんなのよぉ・・・」 情けないサチの泣き方に、思わずアキは笑いがこぼれた。 「ははっ・・・なに今更泣いてんだよ・・・」 サチの頭に手を伸ばし、その髪をそっと撫でた。 「だって・・・」 「・・ごめんな」 アキはサチに呟いた。 ろくに二人で話したこともなかった二人の間に、心地のいい空気が流れる。 しかしアキは、激怒したヤスヒコへの罪悪感と、自分の不甲斐なさに胸を締め付けられた。 「殴らなくたって、守れるはずなのにな・・・」 目の前の涙を見てアキは呟く。 サチをかばって倒れたユキの姿が、ユキを泣かせたくないというヤスヒコの眼差しが、サチの涙が、アキ の目に浮かぶ。自分にはないものが胸を刺す。 「ヤスヒコ!ちょっと!歩くの早いよ!!」 ヤスヒコは道中何も言わずユキの腕を引っ張り歩き続けた。 「待ってよ!怒るのはわかるけど!あんなことに首突っ込んだあたしも悪かったよ。でもサチにまで冷たく しなくても・・・」 そこまで言うと、ヤスヒコは急にぴたりと立ち止まり振り向いた。今までに見たこともないような怖い顔。 「そうやない!お前はなんもわかってへん!俺がお前の心配して何が悪いっ!サチかてなんであないなこと に首突っ込むんや!?んなことしたらお前が飛び込んでむるのくらいわかるやろ!?アキも約束破るし・・ ・俺の知らんところで何してくれてるんやっ!!」 真剣に怒るヤスヒコを前にユキは何も言えなかった。 「なんでお前に怪我させるんやっ・・・」 「そっ・・・それでも皆が危ない目にあって何かしてるのに、見てるだけなんて・・・できないよ・・・。 それにあたしが大丈夫じゃない・・・」 「そうやない・・・そうやないんや・・・」 悔しそうなヤスヒコの声。ヤスヒコはユキを抱きしめた。 「お前が無事でよかった・・・」 「ヤスヒコ・・・」 ユキはヤスヒコに体を預ける。心地のいい心臓の音がする。 「それでも俺は、許せへんのや・・・」 お前を傷つけるものを。 NEXT |